友情タイムトラベル(J)

休日の昼間。天気は晴れ。住宅街の歩道に二人の大人の男が歩いている。二

人とも手に紙袋を持っている。

健(けん)「なあ悠真(ゆうま)。修一(しゅういち)って覚えているか?

同じ高校だった中野修一」

悠真「ああ、覚えているよ。おれはそんなに話すような仲じゃなかったけど

な。」

健「あ、そうだっけ」

悠真「そうだよ、健もそんなに仲良くなかっただろ」 健「ああ、まあそうだな」

悠真「どうしたんだ?突然修一の話なんて」 健「ああ。悠真さ、修一の連絡先って持ってる?」 悠真「連絡先?どうだっかな...たぶん高校のグループLINEにあったと思うけ ど」 そう言って悠真は歩きながらスマホを見始める。健も並んで歩き続ける。 健「本当か。もしもあったらおれに教えてほしいんだ。この間スマホを買い 替えた時にLINEが全部消えちまってさ」 悠真「ああ、いいけど。なんで今さら修一の連絡先がほしいんだ?」 健「実はさ、修一が結婚するらしくて、その結婚式の招待状が届いたんだ」 そう言われて、悠真は少し驚いたように顔を上げ、健を見た。

悠真「え? 結婚式に招待されるくらい仲良かったのか?」 健「随分昔だけどな。中学までは親友だったんだけど、高校に上がってから 疎遠になったんだ」

悠真「何で疎遠になったんだ?」 健「高校1年生の時に、廊下で修一と喋っていた時にさ、俺の手が修一の制服 に引っかかってボタンが取れてしまったことがあったんだ。そのことで少し 怒った修一は俺を軽く叩いたんだけど、そのせいで今度は俺のボタンが取れ た。んで、このことで小さな喧嘩が起こったんだ。この喧嘩から、なぜかお 互い素直になれなくて、謝れなくて、クラスも部活も違ったからどんどん距

離が開いていってさ、気が付いたら疎遠になっていたんだ」 悠真「...へえ、そんな小さな喧嘩で疎遠になるものなのか」 健「ああ、そういうものなんだよ」

悠真「...へえ」 そう言ってまた悠真はスマホを見始める。二人は並んでつかつかと歩く。 健「それでさ、そんな修一から招待状が送られてきたのが俺は不思議でなら ないんだ」 悠真「なるほど。その理由を聞くために連絡先がほしいってことか。...あ、 あった」

健「本当か?じゃあ悪いけど、それ送ってくれるか?」 そう言われて悠真はスマホを見ながら立ち止まる。健も足を止める。 悠真「おっけーい。にしても、本当に何で招待状を送ったんだろうな。話さ なくなって随分時間が経っているのにな」 健「そうなんだよ。検討もつかないんだ」 悠真「だよなー...。何だろ、健と仲が良かった頃を思い出すような、そんな きっかけでもあったのかね」 そう言われて健は少し眉をひそめる。悠真はそんな健の様子には気が付かな いようだ。

悠真「...ほい、修一の連絡先、送ったぞ」 健の携帯がポケットの中で震える。 健「お、ありがとう、近々電話してみるよ」 悠真「おう。それじゃ、今日は買い物に付き合ってくれてありがとな」 健「ああ、こちらこそありがと。お互い都合がついたら、また飲みにでもい こうぜ」

悠真「ああ、またな」

健「また」 悠真は角を曲がって歩いていく。健はその背中を見て、小さくため息をつい た後に空を仰いだ。 健「仲良かった頃を思い出す...か。そういえば、一つあったな...」

健は車に乗っている。 住宅街から抜けて山の麓に着くと、健は車から降りて山道へと歩き出した。 手には大きなスコップが握られている。 健は、山道の麓にある一本の木にたどり着くとその下を掘り始めた。その 時、健はかすかな違和感に気が付いて少しだけ手を止める。しかしすぐにま た掘り出した。

そしてしばらく時間が経った。

健「...あった、...本当にあった」 そう言って健は、土の中から一つの小さな缶の小物入れを取り出す。額の汗 を拭ってから缶の泥を払うと、健はその場にしゃがんで缶を開いた。 健「うわっ。懐かしいな...。これは...」 そう言って、中から封筒を一つ取り出した。表には縦書きで、「思い出」と 書かれている。健はその封筒に入っていた、1枚の手紙を取り出して見た。 健「『2011年、3月15日。修一と健の友情の証をここに残す。』...ふふっ、 懐かしいな。えっと...『健は修一の家の常連だった。何時間も一緒にゲーム をした。...修一は健に恋愛相談をした唯一の相手。結局ふられたけど、二人 の友情は深まった。...3年の夏休みには二人で都会に出て遊び歩いた。ホテル で泊まった時は、健の寝相が悪かった。』...ははっ、何書いてんだよ」 そうして健は、少しの間手紙を眺めていた。鼻をすすって、うっすら溜まっ た涙を手で拭う。

健「...あの頃は本当に仲が良かったんだな」 そう呟くと健は、手紙を封筒の中に入れ、封筒を缶の中に戻し、すくっと立 ち上がってスマホで電話をかけた。 山の木々は青々と茂っている。風が吹くとざわざわと優しい音を奏でる。 健「──もしもし。久しぶり」

修一「ああ。久しぶり、健」

修一はコンビニの前で立って電話をしていた。

健「結婚おめでとう、修一」

修一「...ああ、ありがとう」 健「...なあ、単刀直入に聞くけどさ、どうして俺に招待状送ったんだ?」 修一「...やっぱり送るの迷惑だったかな、悪いな。......健さ、タイムカプセル

って覚えてるか?中学の卒業式の日に近くの山の麓に埋めたんだけど」 健は足元にあるタイムカプセルとその中の封筒に目を向ける。 健「...。ああ、覚えてるよ」 修一「俺、少し前にそれを掘り起こして中を見たんだ。結婚を前にしたら人 生を振り返りたくなってさ」

健「...うん」 その時、健は、自分が掘り起こした時の違和感を思い出した。何年も経って いるにしては妙に土が柔らかった。あれは、修一が先に掘り起こしていたか らだったのだと思い当たった。 修一「......そしたらさ、すごく懐かしかった。何で今はこんなに距離が開い たんだろう、って不思議に思うくらい、それくらい鮮明にあの頃の思い出が 蘇ってきた。...気付いたら泣いていた」

健「...うん」 修一「それくらい過去が懐かしくなって、その、...もう一度健と仲良くなり たいと思ったんだ。勝手なのは分かっているけど、招待状は俺の誠意のつも りなんだ。もちろん、来たくなかったら無理にとは言わないけど...」 健「...そうだったんだな」

修一「ああ」

健「...なあ、修一。俺、今どこにいると思う?」

修一「え? どこだよ?」 健「タイムカプセルを埋めた所だよ。俺もさっき中を見て、それで修一に電 話したんだ」

修一「え!?場所、本当に覚えていたんだな...」 健「ああ。...俺も中を見て思ったよ、どうして今、こんなに疎遠になったん だろうな、ってさ。高校生の頃、どうしてあんなことでいがみ合って、素直 になれなかったんだろうな、って」 優しい風が健の頬を撫でる。木々がざわざわと心地よい音を立てる。 健「...俺、出席するよ、結婚式。親友の晴れ姿を見逃す訳にはいかないから な」

修一「...!ありがとう」 健「ああ。...それでさ、いつかまた一緒に、タイムカプセルを掘り起こそ

う」

電話の奥で修一の鼻をすする音が聞こえた。

修一「ああ...そうだな」 その声を聞いて、健は清々しい表情を浮かべながら空を仰いだ。柔らかい雲 が流れる青空は、妙に広く見えた。 修一「あのさ、健。...ごめんな、あの時」

健「うん。こちらこそごめん」 再び風が吹いて、さらさらと木々が歌った。