大学の孔子(T)

YouTubeを見ていると、時々再生数が一桁なのに何年もずっと動画投稿を続けているチャンネルに出会う。僕はそんなチャンネルを見かけては、心の中で(頑張れよ)と呟き、そっとその動画を閉じる。高評価やチャンネル登録はしないけど。それは「自分を必要としてくれる人がいるならその人の為に頑張り続けよう」という優しさなのか、それとも承認欲求なのか、単なる暇つぶしなのか。もしかしたらこの人達も本当はやめたいと思っているのかもしれない。でも自分がそれをやめてしまえば誰かが悲しんでしまうからやめられない。とか思ってずっと続けているのかもしれない。それは僕には分からない。ただ、何か一つの事を続けられる人というのはやっぱりかっこいいなと思う。

さて、実は、僕の大学の友人にもそういう奴がいるんだ。

 

僕「おはよう、田中君」

田中「朋有り、遠方より来たる。亦た楽しからずや」

僕「ありがとう。まあ僕のアパート大学から徒歩3分だから全然遠方じゃないけどね」

田中「・・・」

僕「あ、てかごめん、スマホの充電するの忘れちゃってさ。バッテリー貸してくれない?」

田中「義を見てせざるは勇無きなり」スッ

僕「ありがとう。助かる」

田中「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」

僕「まだ死にたくは無いなぁ」

 

玉井「あ、いたいた!孔子君!」

僕「あ、玉井さん」

田中「?」

玉井「相談したいことがあるんだけど、良い?」

 

田中「・・・」コクリ

玉井「実は昨日合コンに行ったらイケメンに口説かれちゃってさ~。その人すごい褒め上手でめっちゃ褒めてくれたんだよね~。付き合っちゃっても良いと思う?」

田中「巧言令色鮮し仁」

A「・・・?えっと」チラッ

僕「言葉巧みで、人から好かれようと愛想を振りまく奴は誠実じゃない。つまりその人は信用できないって事だね

玉井「そっかぁ。孔子君が言うなら間違い無いね!ありがとう!」

 

田中「」コクリ

玉井「顔回君もありがとうね」

僕「あの、弟子じゃないです」

 

吉川「あ、孔子君」

田中「?」

吉川「ごめん、ちょっと久々に相談乗ってくれない?」

田中「」コクリ

吉川「将来何もやりたい事が無くて一応教職取ってるんだけどやっぱり忙しいからやめちゃおっかなって考えててさ、どうしたらいいだろう」

田中「遠慮なければ近憂あり」

吉川「えっとつまり・・・?」チラッ

僕「遠い将来の事をちゃんと考えないとすぐに困る事が起こるよって事だね」

吉川「なるほど・・・分かった。もう一回真剣に考えてみるよ。ありがとう孔子君!」

田中「」コクリ

吉川「子貢君もありがとう!」

僕「あ、子貢じゃないです」

 

 

 

昼休み

 

「おんめぇ、ふざけんな!食いすぎだっぺ!」

「はぁ?おめぇが一口あげるっつったんだべ?オラの一口舐めんなっぺよ」

「なんだとぉ・・・・!ぶっ飛ばしてやらぁ!」

「上等だコラァ!」

僕「うわぁ、喧嘩だ!」

田中「・・・」スタスタ

「あん?なんだテメェ・・・あ、孔子君か」

孔子君?なんかおいら達に用だべか?」

田中「過ちて改めざる、是を過ちという」

「あん?つまり・・・仲直りしろって事か?」

「まあ孔子君がそう言うなら・・・」

「そうだっぺな。おらが悪かっただ」

「そだなことねーべ。おらが悪かっただよ」

僕「えぇ・・・なんだこれ」

田中「」スタスタ

僕「あ、待ってよ。すごいね田中君。君って本当に孔子みたいだ」

田中「君子は人の美を成す。人の悪を成さず」

僕「かっこいいなぁ」

 

青木「あ、田中君!」

田中「?」

青木「ねえ、ちょっと話があるんだけど、良い?」

田中「」コクリ

青木「ちょっとこっち来て」

僕(こっそり着いて行こう)

青木「田中君の事がずっと前から好きでした。私と付き合ってくれませんか?」

僕(えええええ突然の告白!?まじかよ!!)

田中「賢を見ては斎しからんことを思ひ、不賢を見ては内に自ら・・・」

青木「田中君、まじめに返事してくれない?」

僕「そうだよ田中君。こういう時くらいちゃんと自分の言葉で言った方がいいよ」

田中「己達せんと・・・」

青木「もういい!田中君なんか嫌い!」

僕「あっ、青木さん!」

僕「ちょっと田中君!このままじゃ後悔するよ!早く追いかけなよ!」

田中「一を以て之を貫く」

僕「田中君!本当に良いの?青木さん泣いてたよ?」

田中「・・・」

僕「・・・ねえ、田中君。孔子が好きなのはわかるけど、それ不便じゃないの?決まった言葉しか喋れないし、それじゃあ友達もできないよ」

田中「徳は孤ならず必ず隣あり」スッ

田中君が何故孔子になってしまったのか、僕にはわからない。でも、やっぱり強い信念を持っている事だけは分かった。だから僕は田中君の気持ちを尊重しようと思う。

僕「田中君・・・」スッ

僕は田中君と固い握手を交わし、心の中で(頑張れよ、田中君)と呟いた。