(J)

田舎に太郎(仮)という少年がいた。小学生である彼は母子家庭で育ち、家は小さな店を営ん でいた。そして太郎は悪いことはしていないのに母親に何度もひどく叱られた、という経験 がたくさんあったため、太郎は母親に対してあまり良い感情を抱いていなかった。ある日、 太郎は友人たちと近所の神社で肝試しをすることになった。肝試しの夜、太郎は母親からお 守りを貰い、それを持って神社へ向かった。こうして肝試しを実際すると、何やら怪しい人 影が見えたため友人たちや太郎は驚いてすぐに逃げた。こうして肝試しは終わったわけだ が、帰ってからお守りが無くなっていることに気づいた太郎は、翌日神社へ向かいお守りを 探す。そこで昨日見た人影がお守りを持って出てきた。その姿は人であるような人でないよ うな姿で、自らを妖精だと名乗っていた。どうやらお守りを返してくれるようだ。太郎は驚 きと恐怖と感謝が混ざった複雑な感情でお守りを受け取った。これが太郎と妖精との出会い だった。それから何度も彼らは交流をし、次第に友達になっていった。それから数年後、母 親に対する嫌悪感が高まっていた太郎は、高校進学を機に都会へ出ることを決意する。そし て妖精と出会う最後の日、太郎は「友達の証」として、二人の出会いのきっかけとなったお 守りを妖精に渡して田舎を出ていった。

それから数年、ほぼ母親と交流はせずに時間は過ぎたが、母親の訃報を機に、母親の店を継

ぐために太郎は田舎に帰ってきた。その時の太郎はもう大人で、妻と高校生の息子と小学生

の息子の四人家族で田舎へ帰ってきた。叱られたらつらい、ということを身に染みて理解し

ていた太郎の教育方針は、子供には叱らない、というものであった。また、太郎は母親の訃

報を聞いてから、一度も母の墓参りには赴いていなかった。

彼が田舎に帰り店を営んで数週間後、子供の頃に一緒に肝試しに行った友人の一人が太郎の

元へやってきた。その友人はずっとこの田舎で暮らしていたようだった。太郎が懐かしみな

がら要件を聞くと、どうやら神社で花火大会が行われるようで、その設営の手伝いをしてほ

しいとのこと。店の営業時間外なら、という条件付きでそれを了承した太郎は、友人と共に

神社へ向かう。そこで太郎は妖精と再会する。なにやら妖精はひどく驚いている様子で、太

郎の友人にはその妖精は見えていない様子であった。不思議に思った太郎は、その日の花火

大会の手伝いを終えた後、一人でその妖精の元へ向かった。そして妖精と久しぶりに話す

が、そこで妖精は自分のことをさらに詳しく言う。どうやらその妖精は「子供にしか見えな

い妖精」であった。つまり太郎はまだ大人になれていないということである。

それから太郎と妖精の交流は再び始まった。

なぜ太郎には見えているのか、という話。

本当に他の大人たちには見えないのか、その確認。

妖精はまだ太郎がくれたお守りを持っていて、二人は友達なのだと再確認。

太郎がもし大人になったら、もう妖精とは会えなくなるという未来の確認。

昔、一緒に遊んだり色々な話をしたな、と過去を懐かしむ話。

田舎を出てから今に至るまでの、太郎の身の上話。 今も太郎は母親に対してあまり良い感情を抱いておらず、墓参りにも行っていないという 話。 一度太郎の妻と小学生の息子が太郎と一緒に手伝いに来た時(高校生の息子は来なかった、少 し反抗期っぽい)に、小学生の息子には妖精が見えており、それによって子供には見えるのだ という確認。

などなど、花火大会の設営と共に太郎と妖精との交流は深まっていった。

そして花火大会当日の夕暮れ、花火の最終確認を終えた花火大会設営チーム。太郎もその手 伝いを終えて、いつものように一人で妖精の元へ向かう。こうして少し談笑していると、太 郎の高校生の息子が神社の前を走り抜けるのが目に入った。どうやら息子は太郎に気付いて いなかったようだ。その時高校生の息子とその友達は「万引きって簡単だな」と言いながら 走っており、太郎は驚く。そして妖精に別れを告げてすぐさま家に帰る。そして家で高校生 の息子に万引きのことを問うと、高校生の息子は正直に白状した。太郎は叱らないという教 育方針だったため、叱ることはせずに「店に謝りに行くぞ」とだけ言った。すると高校生の 息子は急に憤ったように家を出てどこかへ走っていった。それに驚いた太郎は高校生の息子 を探すために走る。空は次第に暗くなっていた。 太郎にはなぜ息子が逃げたのか分からなかった。万引きを潔く白状したのに店に謝るのはな ぜ嫌なのか?自分は高校生の息子に対して何を言うべきだったのか?考えながら走るが息子 は見つからない。そして探す中で神社へたどり着いた。花火大会まではもう少し時間がある ため、神社にはほとんど人はいなかった。すると妖精が太郎に話しかけてきて、息子はどう なったのかを聞いた。太郎は正直に状況を話し、自分はどうすればいいのか、という不安も 吐露した。妖精は、太郎の行動に正解はない、と言う。そこで太郎は妖精が持っているお守 りに目をやった。その時、太郎の脳裏に母親がよぎった。そして自分が子供の頃に肝試しに 行った時、母親にお守りを渡された時に母に言われた「これを持っていれば安心、気をつけ て」という旨の発言を思い出す。そこから母のことを想起し、自分が叱られたのは全て自分 の身が危険にさらされた時だけだったということを思い出した。(当時の太郎には「自分の身 が危険にさらされた」という自覚がなかったため、何もしていないのに叱られた、と思って しまっていた)太郎はこうして妖精の持つお守りから、自分に対する母の思いを少しだけ知っ た。そしてそれと同時に、覚悟を決めた目で「息子を叱らなきゃ」という旨の発言をし、再 び高校生の息子を探しに走り出した。それを見送った妖精は、ぼそりと「じゃあな太郎」と 呟く。 こうして息子を探す中で、妻と小学生の息子とも合流し、三人で高校生の息子を探すことに なった。空はほとんど真っ暗だった。しばらく探すと息子は見つかった。息子は何だか苛立 っていたようだが、太郎は心を込めて高校生の息子を叱った。そこで高校生の息子は、お父 さんが叱ってくれなくて自分に興味が無いのだと思っていた、気を引くために万引きをやっ た、ごめんなさい、と正直に思いを打ち明け、高校生の息子と太郎、そしてそれを見ていた 妻は泣く。すると小学生の息子が空を指さす、みんなでそこを見ると花火が打ち上がった。 花火を見上げながら家族四人の絆は深まった。

花火が終わり、太郎は花火大会の片付けに向かった。その時は妻と二人の息子も着いてき

て、家族四人で神社へ向かった。神社へ行くと何人かが片付けや花火の感想やらを言ってわ

いわいしており、神社の電気がついて周りは明るかった。

するとふと小学生の息子が、妖精がいる、と言い指を指し、高校生の息子もその方向を見て

少し驚いている様子だった。しかし太郎がその方向を見ても何も見えず、太郎はひどく驚い

た。すると何かが投げられて手に当たる感じがして、その方向を見ると母からのお守りが落

ちていた。太郎はそれを見て何かを悟ったように悲しい表情をしたが、笑顔を作って「あり

がとう」と呟き、お守りを大切そうに手に取った。すると小学生の息子が、妖精が泣きなが

ら笑っている、と言う。太郎はそれを聞いて、妖精の表情を思い浮かべた。

その後、太郎と高校生の息子は店に謝りに行き、太郎は母の墓参りに行く、こうして太郎は

少し成長をして、家族と共にこれからも生きていく。